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キエフ⇒ブダペスト(2003/04/22)
夜中の3時過ぎにおじさんは列車を降りていった。しばらくすると、国境の駅に到着して、国境警備員がやってくる。パスポートを預け、持ち物検査票を提出する。持ち物のチェックがあって、武器を持っているかときかれるが、もちろんそんなものもっていない。寝たりないので、布団に入って寝ようとしていると、ガッチャンガッチャンと列車の車輪交換が始まる。車内からはどうやって車輪交換をしているのかが見えず、どうやって交換するのだろうと想像しながら、なかなか寝られないでいる。140分間なんだかんだと停車していて、日が明ける前にパスポートを返しに警備員がやってくる。
キエフ(2003/04/21)
今日はモーニングコールを8時に入れてもらうようにしていたが、列車に乗り遅れては大変という緊張感から、5時くらいから途切れ途切れに目を覚ましていた。8時にベッドをでて、ホテルの16階にある展望レストランにサービスのビュッフェ形式の朝食を取りに行く。列車でおそらくまともな食事を取れないだろうから、多めにしっかり食べておく。
キエフ(2003/04/20)
朝ゆっくり起きて、昼頃に郵便局にインターネットをしに行く。一時間情報集めをした後、セント・ソフィア寺院まで坂を登って、そこからホテルの方へ向かう。途中マクドナルドによってビッグマックセットを食べて、宿に戻ってくる。
キエフ(2003/04/19)
朝方起きると、車内の残り物で朝食を取り、宿を替えるためチェックアウトする。新しい宿は駅から近く、小奇麗な16階建てのビルで、建物全体がホテルとなっている。ホテル・エクスプレスという名前のホテルでフロントには英語が話せる女性がいる。悪くない。チェックインを済ませると、市内観光に向かう。
キエフ(2003/04/18)
朝、起きると乗客半分は下車して、車内はすっきりしている。朝食を取り、おばあちゃんやモルドバ人の青年といろいろ話をする。ベッド下にいるそのおばあちゃんから、モルドバ人の青年が車内で大量に買い込んだお土産や荷物を列車から降ろすときに手伝ってあげてとお願いされる。彼の荷物やお土産の入ったかなり大きいバッグが5つもあったが、こちらは快くOKする。また、このおばあちゃんはキエフもロシアのそれに比して危ない街だから、お金や荷物に十分用心してと忠告してくれる。おばあちゃんはキエフ駅の手前の駅で降りていった。
クルガン⇒キエフ(2003/04/17)
朝目を覚ますとロシア兵の青年が降りて行って、代わりにおばあちゃんが下のベッドに寝ている。相変わらず、僕はほとんどの時間をベッドに横になって過ごす。たまに車内に売り子がやってくる。ロシアの車内では、グラスや食器のセットを売りにやってくる売り子がいる。モルドバ人の青年はモルドバに住むおばあちゃんへのお土産にたくさんの食器類を買い込んでいる。しかも持ってきていた荷物もたくさんあって、荷物棚は彼のバッグで一杯になっている。
クルガン⇒キエフ(2003/04/16)
夜中の3時に怖い夢を見て実を覚ます。夢は列車のベッドで寝ている隙に強盗に襲われるというものだった。うなされて思わず「ヒィー」と情けなく声を出し、その自分の声に目が覚めて飛び起きる。ロシア兵たちがどうしたかと僕を覗きに来る。僕は「イズヴィニーチェ(ごめん)」と言う。彼らは写真を見せる。その写真には潜水艦が写っている。どうも彼らは海軍で、オホーツク海の警戒を任務としているらしく、そこで撮った写真を買わないかという。必要性も感じないし、万が一、変にふっかけられてもいやなので、ここは丁重にお断りする。彼らはこんな夜中にトランプをして遊んでいる。うるさいのと強盗への恐怖心とで、この後なかなか寝られなかった。モスクワで会ったオランダ人のことを思い出した。彼はモンゴルへ向かうシベリア鉄道で強盗に遭い、金品、ビザ、パスポートをすべて奪われ、モスクワで再起のため足止めをくらっていたんだった。自分もアルマティでタクシーの運転手に荷物を奪われた。この旅で旧ソ連圏は治安が悪いという印象を強く持っていた。そんなことを考えているうちに、しばらくすると、いくらかの兵隊たちが下車していって、静かになったので再び眠りにつくことができた。